いつからこんな読書家になったというのか。
征士は朝からずっと、宮部みゆきの新作にハマっている。
どっぷりだ。
一度トイレに、もう一度は俺が開け放したドアを閉めに立ち上がっただけで、もうかれこれ4時間、俺のことを振り向きもしない。
「なぁ、征士」
呼びかけても帰ってくるのは明らかな生返事だ。
面白くない。
征士の隣にドスンと座る。
40を過ぎてから使い始めた、本を読む時にだけかける眼鏡の横顔が、またカッコよくて頭にくる。
俺は首っ玉に抱きついて、そのスカしたイケメン中年の横っ面に、思いっきり唇を押し付ける。
ど真ん中に。
そして頬骨の辺りに。
今朝は髭剃りをしていない顎の近くに。
軽く耳たぶに口付けてから、また頬の真ん中に。
そして離れザマにペロリと舌先で舐め上げてやる。
あくまでも軽く。
するりと離れて、肩の触れ合わないくらいの隣に知らんぷりで座る。
そのまま黙って、待つこと3秒。
「……仕方のない奴だな、まったく」
ローテーブルに本と眼鏡が置かれた。
俺の、勝ちだ。